コラム 1  〜 埋蔵情報: 消費増税は必要なかった!〜

  • 2013.10.30 Wednesday
  • 00:32
 
初めてのコラムです。


「埋蔵情報: 消費増税は必要なかった!」 と題しました。

タイトルにつけた「埋蔵情報」は、私の造語ですが

世の中に出されなかった情報」という意味です。


なぜ出されなかったのか?と考えれば、たぶん「出されると困る人がいる」ということです。


確かに、世の中のどんな情報も”人”に関わることですから、

”出されて困る人”は、必ず存在します。

けれども、”隠されて困る人”が大勢いたとしたら、やはり情報公開は義務でもあります。



だから、義務をこなしつつ、隠す・・・・ここが狙い目です。



インターネット時代の現代に「情報を隠す」ことなどできない・・・ように感じますが、

膨大な数の情報があふれる時代だからこそ、

情報のなかに埋もれさせる」いわば「埋蔵」という隠し方もあるようです




”ちゃんと報告してますよ〜”とは名ばかりで、それがどのような意味をもつ内容かを

一般に広く知られないように、できれば”埋もれてしまう”ように報告する。

これを見抜いて、一般人にもわかるようなレベルで情報を広げるのが、本来の新聞の役目

の1つだと思っています。


今日取り上げたのは、まさしく「埋蔵情報」です。

詳しくはMSNマネー『「国の借金が1000兆円超え」の正しい読み解き方』



記事の内容を素直に読めば、結局「消費増税」は全く必要がない!!!ということです。


阿部首相も知っていることでしょうし、それ以前の民主党・3元首相たちも知っていたことでしょう。

にも関わらず、私たちは「東日本大震災の復興のために」と我慢を受け入れたのです。


この数字から考えれば、消費税そのものが必要ないでしょう!

消費税がなくなれば
、以前のように”消費増大”して、結果企業が納税してくれます。



これだけの情報が、しかるべき筋から出てきているのに、4月からの増税にたいして

だ〜〜れも、な〜〜んにも、反対意見をださないのは、

「東日本大震災の復興」と「福祉」という言葉に、ムード負けしているのだと思います。


”しなくていい増税”なら”増税しない”ように、来年4月へ向けて、何か声を上げましょう。



”ダーウィンの進化論”もそうですが、一端”なってしまったこと”を元に戻したり、

止めさせることは大変な苦労ですから。

なにごとも、なってしまう前に、手を打ちましょう。    注意一秒、怪我一生


*************

MSN記事より 抜粋

盒 洋一 (たかはし・よういち)氏 

「私たちがすべきことは、官僚の言いなりにならず、政治主導で物事を動かせる政治家を
選挙できちんと選ぶこと
また、報道されるセンセーショナルな数字に惑わされず、データの原典を見る習慣をつけること。

財務省発表とあっても、簡略化された概要は都合の悪い数字を隠すものです
小手先でこのように資産を守れという方法は自分のためになりません。
一次情報をベースに物事を見つめられる力をつけることが、結果的には自分自身の生活を守り、
さらには投資にも生きてくるはずです」



いまだ多く眠る「埋蔵金」を活用させていくには、私たち一人ひとりが一次情報に目を向けて
事実を認識し、声高に主張していくことが必要になるといえそうです。(南澤悠佳/ノオト)





コラム: グレーは、宇宙人?か、アンドロイドか?

  • 2013.11.21 Thursday
  • 01:29
 
アンドロイド や レプリカント といえば、人間そっくりの容姿をした”人造人間”ですが、

おりおりに”発見”されている”グレー”は、宇宙の”人”なのか、それとも”アンドロイド”なのか?



グレーが”宇宙人”である。という記述が多い中で、

グレーは、実際の宇宙人が”単純な作業”や”危険な作業”を担わせるために

つくった”有機的ロボット”だという説がありました。



私には、この説は大変納得のできる説です。

以下、私なりの説明ですが・・・・たとえば、


地球の科学技術ではもう少し先の話ですが、

”有人”の宇宙航行が発達していけば、当然”未知の環境”ばかりになります。

その未知の環境が、人間にとって安全かどうか?・・を、初めから人間で試すことは

あまりにもリスクが大きいでしょう。

かといって、現在私たちが知っている”アシモ君”などの機械ロボットでは、

人間が設定した環境要素しか測定することは出来ません。



伝染性の細菌、肉食系の動植物、大気成分の時間的変化など。

未知・・・ということは、予測不可能であるはずですから、人間にとって安全な環境かどうかを

実際に現地で確認する作業をまかせるための”人間型有機ロボット”を作成する必要が

あるはずです。

つまり、人間の肉体と同じ成分をもっている”ロボット”でなければ、本当の意味で

人間の安全確保は難しいだろうと思うのです。



地球外の宇宙の人々にとっても、おそらく条件は同じではないでしょうか?


もしそうだとすれば、グレーの陰には指令をだしている”宇宙人”が存在しています。

グレー型の”有機ロボット”を使用している宇宙人は、複数種いるそうですが、

地球人にとって、友好的なよい宇宙人であることを願っています。


コラム:  70余年間封印されていたナポレオン・ヒルの著書 『悪魔を出し抜け!』

  • 2013.12.15 Sunday
  • 19:47
 PC環境のないところでは、書籍に興味がわきます。


ナポレオン・ヒルNapoleon Hill)という名前は、もうずいぶん前から

書店の”成功哲学コーナー”で目にしていました。が、

全世界で7000万部を売り上げた・・(実際は、さらに伸びているでしょう)

名著として知られる『思考は実現化する(Think and  Grow Rich)』

未だ読んだことがないのです。



そんな私が『悪魔を出し抜け!』という、力強いタイトルに思わず購入しました。


『思考は実現化する』を記した10年後の1938年に書き上げた原稿が、

ヒル氏の奥様の強い反対によって”封印”されたまま70年余を経て、

生誕130周年記念として、つい2年ほど前に世の中に出てきた書籍でした。



370ページほどの本文を、ようやく半分読んだ所です。

勿論、一冊完読のあとに感想を語るべきかもしれませんが、

私にとっては、ヒル氏が追求していく悪魔との対話の一つ一つが

本当にリアル・タイムに、今現在、そして未来にも警鐘を発してくれていることに、

強く感謝しています。



この前半のテーマは流される」。つまり、「自分では思考しない」こと。

自分では思考しない」とは、「積極的な思考をしない」ということでした。

悪魔はいいます

     人間を「流される」ことに習慣化させてしまえば、あとは人間の思考を

     いかようにもコントロールできるのだ・・と。

     人間が「自分の考え」だと思ってしまうようになるのだと・・。


そのために地上世界に準備してきた様々な”奥の手”を

ヒル氏の誘導で語り聞かせてくれています。



ヒル氏の態度は、実に厳格で、実に緻密で、実に確信に満ちています。



世界の人々を「成功」という「幸福」へ導くために、人生のほとんどを捧げた偉人だと、

カーネギー氏との出会いの話などで思っていました。

”嘘”や”作り話”ではないことを、なぜか実感します。


”悪魔”が私の思考中枢に出たり、入ったりしているのだろうと思えます。

”悪魔”とは、いとも”しごく普通”を装うものだとも思えます。




今は、ブログを書き始めた時よりも、「もっと”飛躍”した思考が必要だ!」と、

私の”もうひとつの思考”が励ましてくれています。



積極的に考える」という習慣は、自分の人生を守ることに直結している

強く思いました。









コラム: 『心は 脳を 超える〜 人間存在の不思議』 〜ノーベル医学・生理学賞 エックルス教授の結論〜

  • 2013.12.25 Wednesday
  • 01:13
 
メリー・クリスマス

今頃、教会では静かなミサが行われているのでしょう。


昨日は「天皇誕生日」で、今上天皇80歳のお祝いでした。

本当に、日本の天皇家は素晴らしい存在です。

そして、今日は「イエス・キリスト」2013年目の誕生祝。



年末・年始と、様々な神様への感謝を思う時期です。

「信仰心」は、人間に与えられた特権だと思います。




この三日ほど、『心は 脳を 超える』(紀伊国屋書店)を読んでいました。



脳生理学の先駆的研究者でありノーベル賞受賞者であるエックルス教授と、

心理学者ロビンソン教授の、”人間の心とは何か?”という根源的な問いに

対する真摯な探究心が共鳴しあって、それぞれの専門分野から取り組んだ共著です。




おふたり共に、ダーウィニズムをベースとする近・現代の科学的”常識”に対して、

専門の最先端から警鐘をならして下さっています。


唯物論・ダーウィン進化論・還元主義や決定論をもつ科学者に対して、

結局”人としての謙虚さ”を促していました。


つまり、”全てを分かったような驕り”を持ってしまっている人間の”傲慢さ”にたいして、

本当は”なにひとつ大切なことは分からない”という事実を 謙虚に受け止めることを

強く伝えてくれていました。



文体としては、私のような一般人が読むには”硬い”文章ですが、

その内容は、”教導の愛”に満ちているように思えました。



クリスマスの頃に、この本にであえたのは”偶然”ではないように思います。


    Why 何故・・・?は、神に問え。

    How どのように・・?を探求するのが科学者である。


そろそろ・・・・神のもとに 科学が探求される時代が 近づいてきています。












コラム: 心霊科学の実験事例  〜浅野和三郎氏『神霊主義』より〜

  • 2013.12.31 Tuesday
  • 23:41
 
現代の科学がその存在をみとめなくとも、心霊現象は、

どの時代・どの地域にも見られます。


ただ、19世紀のスピリチュアリズムに特徴的な事柄は、

心霊現象に対して「科学的実験」が多数行われたことです。


これらの心霊実験の質・量ともに、現代の科学的視点からみても、

客観的に十分”科学的”です。


何故現代の科学者が、当時の科学的データを現代科学によって検証しないのか?が

不思議に感じられます。


本来、19世紀スピリチュアリズムは”心霊現象研究”のために

起されたのではありません。

当時におこった唯物思想に対する”警告”と”教導”のために

幾つもの心霊現象が起されました。


心霊現象が、やがて心霊科学へと発展し、さらにスピリチュアリズム=神霊主義として

大成していったのです。


ただ、現在ではそれらの情報は”皆無”に等しいほど、常識から外されていますので、

私たちの目に触れることもありません。


”情報操作”と同等の隠蔽レベルにあると思っています。




そこで、」まずは”心霊科学”というものが、いったいどのようなものであったのか・・・

を知るために”でくのぼう出版”発刊の『心霊主義』をご紹介します。

浅野和三郎氏の著書『神霊主義』には、こうした”心霊科学”の実験情報が

いくつも真摯に述べられていて、当時の心霊科学の質の高さを垣間見ることができます。


浅野氏は、自身もこれらの現象実験に参加するなど、積極的に実験の正当性を

訊ねたうえで、心霊研究のもたらす教訓を”鋭く”まとめています。






浅野和三郎氏の著書『神霊主義』より

*主な心霊現象の分類
 
  1) 偶発性 の 諸異常現象
  2) 叩音 および 物質化現象
  3) 霊言現象
  4) 自動書記現象
  5) 霊視現象
  6) テーブル浮揚 ならびに 物品引き寄せ現象
  7) 心霊写真現象
  8) 直接説話 その他の物理的現象

これらのうちから、心霊現象の初期に代表される”以下”の実例を

ご紹介いたします。


<叩音>

19世紀スピリチュアリズムの始まりである”ハイズビル事件”は、

上の分類2)コツコツという”叩音”から始まりました。


その後、その”叩音”は質問に対して”yes  or  no”や”アルファベット”を示す数字を叩く

などして、意思の疎通を行えるようになりました。

こうして霊と会話して結果的に分かったことは、「5年前に、その家で殺された霊」からの

通信だったということです。



<物質化現象>

日本が”明治”になってまもなくの頃、イギリスの心霊現象のなかでは

非常に特徴的な”物質化現象”の実例です。

ケイティー・キング霊による実験をおこなったウィリアム・クルックス卿は、

近代物理学の権威として知られている”物理学者”であったために、その実験方法は

現代でも十分通用する”科学的客観性”を持っていました。


また、霊媒として活躍したフロレンス・クック嬢には多少の嫌疑も伝わっていますが、

少なくとも”ケーティー・キング”の霊媒としての活動は信憑性のあるものだと考えます。

ケイティー・キング霊は、クック嬢に対して「3年間の約束」をして現象化し、

そして3年後に約束どおり姿を全く現さなくなっています。

写真撮影にも応じていて、現在もケイティー霊の容貌をしのぶことができます。


例えば・・・

*ケイティー霊の脈拍を測る → 75 強い
  クック嬢            → 90 弱い

*ケイティー霊の髪      → 金髪  ・硬い
 クック嬢            →  黒  ・柔らかい

*ケーティー霊         → 絶世の美人
  クック嬢            → 普通の顔立ち



他にも、多くの実験例が紹介されています。是非、ご一読ください。




コラム: ナポレオン・ヒル著『悪魔を出し抜け』2  〜取材方法?〜

  • 2014.01.13 Monday
  • 22:54
 
今日は、成人の日でした。

美しいお嬢さんの振袖姿に出会うのは、嬉しいものです。

日本人としての誇りをもった成人が、未来を創ってくださることを期待しています。




3連休でしたので、以前読み始めたばかりでご紹介した

ナポレオン・ヒル著『悪魔を出し抜け』2 〜取材方法?〜と題して、読後の話です。



まずは、前置きです。


ナポレオン・ヒルのご家族(特に奥様)の懇願によって70年以上も封印されていた

『悪魔を出し抜け』でしたが、すでに読後の方はご存知のように、

内容は「成功哲学の核心」そのものでした。

最終にヒル氏が語ったように、私も強く

「悪魔によって、成功への核心を確認し、確信した思いです。



ところで、この”ヒル氏と悪魔との対話”と受け取ることのできる文面を

「ああ、そう・・・」と簡単に受けってしまいそうになるのが、世の常ですが・・・



実際、”悪魔”と名指しするような存在から アレだけの”奥義”というべき内容を

聞き出しすことのできたナポレオン・ヒルという人物の”凄さを 改めて実感しました。


今現在は、ヒル氏の著作権を気にすることもなく、

どなたでも、勿論私でさえも、「思考は実現する」などの成功哲学を

簡単に語ることが”あたりまえ”に許されて、沢山の成功本が書店に並んでいますが、

もし現実に”悪魔”にインタビューを試みたとして、”悪魔”をどれほどコントロール

出来るのだろう???
と感慨深く思います。



「へぇ〜、悪魔の方が 賢いな〜」

「悪魔というが、なかなか”いいヤツ”じゃないか・・・」

読まれた方々は、おそらく同じ実感をされたのではないでしょうか?

私などは、ウッカリすると悪魔の言うことを”丸呑み”しそうになりました。

まさしく、”警戒心ゼロ”→更に”感化されている”自分→”流される”パターンです。




よ〜く、よ〜く、反復しながら読み直して、「アっ、ここにも」と思うような”すり替え”が

潜んでいることにようやく気がつくのですが、おそらく悪魔の本当の実力には

もっともっと凄まじいものがあるはずです!


なぜなら、イエスもモーゼも釈迦も・・・おそらく名だたる偉大な人々は、

その成功の前に、あるいは人生のあらゆる局面で”悪魔との対峙”をしているのですが、

悪魔を退けることはできても、悪魔を消滅させることはできませんでした。


これは、文中の文字どおりに フィフティー:フィフティー なのではなく、

この3次元が悪魔に大変好都合なテリトリーだということでしょう。

たとえれば、3次元は神にとっては夜の星明りのような世界であって、

神は昼の地空戦に強く、悪魔は夜盗のように寝込みに暗躍している感じでしょう。




日本人が感覚的に捉える”悪魔”は、英語的には”悪者”くらいの意味合いでは

ないでしょうか。この辺は、題名のインパクトがかなり違っているはずです。




けれども、ヒル氏が3次元的あるいは4次元的に対話している”悪魔”は、

世界中の98%の人心を掌握し、世界戦争レベルの不幸を起すことを

いとも容易に語る存在
でした。

と同時に、ヒル氏が目指している「成功」を 紙一重で「不幸」に”すり替え”る手管を

豊富にもった存在
でもありました。


ですから、その悪魔に”すり替え”をほとんど許さずに、淡々と真実を語らせるだけの

精神的コントロール
を悪魔に与えているヒル氏の凄さが垣間見られます。




実際に、悪魔悪人は ”悪”の実力というレベルに相当の開きがあります。


宗教的にその違いを言えば、

悪人は、人に憎まれても、人を狂わすことはできません。

悪魔は、人に憎まれずに、人を狂わすことができます。

悪人は、宗教的回心ができます!が、

悪魔は、できません!!だから、いつまでたっても悪魔なのです。

悪魔も元はそれなりの人間でしょうが、億年単位で悪魔をやっていれば、

悪魔が板についてしまって、そう簡単には悪魔をやめられなくなっているのでしょう。

それでも、「存在として無にはされない!」というところに、悪魔が言う「反対勢力(神)」の

存在の大きさ
を思ったりします。






前置きの方が長くなりましたが、

肝心の”取材方法”について、ヒル氏は全くノーコメントでした。


ただ、ヒントとして文中から拾えることは、

1★ヒル氏が「もう1人の自分」とすでに同通していること

  ・・・・ということは、ヒル氏は宗教的には”霊道を開いた存在”であって、
     自己修練によって、常に自己の思念をコントロールできる実力を持っている!

     そうであるならば、自分自身の思念を、悪魔の思念と同通させて、
     悪魔の思考をききとることが可能だろう。

2★「マスター・マインド」として奥様を名指ししていること。

  ・・・・文中、ヒル氏自身が「今までマスター・マインドを使ってこなかった自分」を悔い改めて
     奥様をマスター・マインドとしたことを語っている。
     
     更に、マスター・マインドとして奥様が参加したことを悪魔が嫌悪している。

     これらから、奥様のなかに、悪魔にとって都合の悪い才能があった可能性がある。
     (例えば、巫女などの能力)
   


この2つから想像できる”取材方法”は以下のふたつです。

ヒル氏自身が、霊媒として「自動書記」のかたちで 悪魔と対話した。

ヒル氏の奥様が 何らかの形で(例えば、催眠術など)霊媒となり、
 口述のかたちで悪魔と対話した。



今となっては、誰もその”取材方法”を確認することは出来ないようですが、

もしかしたら・・・・未だ、語られていない事実が、ナポレオン・ヒル財団から公開される日が

くるかもしれません・・。


楽しみです。





コラム: 複数の同時世界へ 〜DVD『パラレル・プラネット』 〜  

  • 2014.01.17 Friday
  • 01:00
 
15日も過ぎ、お正月気分も切り上げなければいけませんが、

DVD『パラレル・プラネット』を観ながら考えていたことを少しお話します。



SFですから、ネタバレは好ましくありませんが、まずはヘタな映画紹介です。

主人公は、量子物理学専攻の研究者:ピーター(マイケル・デニス)。

研究室教授である恩師ジャックの不可解な失踪事件に関して、「We」と語る謎の人物から

尋問される内容に沿って、ピーターがパラレル・ワールドを行き来する”自身の記憶”を辿る。

「自己の存在証明」を見つけようとするストーリー・・・・だと感じました。





この作品の中で扱われていた物理学的な2つの内容は、

近未来的に ディバイン・サイエンスを推し進めていく原動力になるだろうと考えています。


パラレル・ワールド

アインシュタイン・ローゼンブリッジ = ワームホール

    (参考)通過可能なワームホール 数式→wikipedia ワームホール





パラレル・ワールド



どのように思考をすすめても、

「偶然の集合」でしか進化を語ることのできないダーウィン・サイエンスでは、

”同時進行”に”同じ人間”が”別の時間・空間”で平行存在する!ということは、

全くありえないでしょう。


そもそも、パラレル・ワールドを肯定すれば、同時に全く別空間の宇宙の存在を

認める必要が出来てきます。


私は科学者ではありませんから、感性的にしか表現できませんが、

私にとってのパラレル・ワールドを”見える化”してみます。


例えば、”細いチューブ状の糸”の””か、”編みもの”を想像します。


もし3つのパラレル・ワールドなら3色、5つのパラレル・ワールドなら5色・・・

多数のパラレル・ワールドが想像されますが、

少なくとも、パラレル・ワールドが2つだけというのは(映画『コンタクト』的に)

”もったいない”と直感します。


この糸を同時に”巻き取って”つくった球体、または”編んで”つくった鎖の輪・・・のように

思えます。



チューブ状の糸の外側からは、この宇宙は”有限ですが、

チューブの内側からは、おそらく宇宙は無限あるいは”果てしない広がり”に感じるでしょう。


チューブの外側からは、これらの宇宙は”時間的に同時平行の存在”ですが、

チューブの内側からは、唯一無二の”孤立した存在”としか思えないでしょう。


例えば・・・

私たちが、ひとつのチューブの輪の中の存在であるとしたら、

水族館の魚達のように、閉じられた空間は”果てしない広がり”で

どこまでも泳ぎ続けることができるでしょう。


隣の水槽との接触がない限り、”ここだけ”が”世界”だと思えます



3次元物質が偶然に進化したという前提では、

同一個体が、別宇宙に、同時存在することは、可能性がありません。



けれども、”高次元存在”つまり”霊エネルギー”として人間を考えれば、

その”表現体”のひとつとして3次元肉体をもつことが可能になり、

結果として”表現体”は、”網目”のように各宇宙に各個存在する可能性がでてくるでしょう。


つまり、人間を”霊的な存在”として規定すれば、

人間は”エネルギー体”として自己を開放することができ、

その結果として、複数の3次元化が可能です。


おそらく3次元では、基本的に「1宇宙、1表現体」の規定があるのでしょう。

(たまに、クローン化された個体が同時宇宙に複数いて、目撃されることもあるようです)



少なくとも、異世界の中に”自分”が同時平行的に存在し、

なおかつ自由選択を行っている・・・・
ということを『パラレル・プラネット』は映像化しています。



これ以上を考えることの出来る思考のキャパを持っていないので、

ここから先は”未来”にお任せするのですが、『コンタクト』も『パラレル・プラネット』も

荒唐無稽なでっちあげのストーリーではありません。それぞれ製作された年代の

科学的最先端の可能性を発信しています



ただこれらが、SFだけで行き詰まっている原因が、ダーウィン・サイエンスの唱える

「3次元・唯物理論」にあるといいたいのです





コラム:科学の神1 〜『悪魔を出し抜け』からみる 「科学」 と 「神」〜

  • 2014.02.09 Sunday
  • 01:48

 
ウォレスとダーウィンの項でもご紹介したことですが、

19世紀中頃、当時ヴィクトリア女王のもとに大英帝国として栄えていたイギリス経済の発展が、

貴族以外の中産階級の裕福な人々をうみだし、

その中産階級の紳士たちが中核となって、「科学」や「学問」を

特別な学者や貴族だけの”特権”ではなく、広く一般人の興味関心の対象にしました。


その結果として、ダーウィンやウォレスの活躍によって”自然科学”というジャンルが誕生し、

その”自然科学の温床”から現代に至る様々な科学が芽生えた・・・というのが、

現代科学のプロフィールです。


結果的に、現代科学の”祖(おや)”は「自然科学」だということになります。




では、自然科学が科学の上に”自然”という言葉を冠しているのは何故?と考えれば、

この”自然”とは”物質化したもの”という「前提」をあらわしているのだと気付きます。

物質つまり形而下を専門として科学とする世界観を継承している”思考系”です。

現代的にいえば「実験科学」といわれる系列の科学に相当するでしょう。



今私たちが普通、あたりまえに科学と呼ぶとき、

あるいは科学的か否か?と思考判断するとき、

その前提に必ず”物質化したものにおいて”とか、”実験的に証明可能な範囲で”と

いう”但し書き”を含んでいます。



そして、この”但し書き”をいちいち述べなくてもよい共通の価値観に”常識化”する

教育システムを構築したことをナポレオン・ヒル著『悪魔を出し抜け』は暴露したのです





この暴露本によってヒル氏が同義的に社会的抹殺を受ける可能性を恐れて、

ヒル氏の家族は『悪魔を出し抜け』の原稿を封印したわけです。が、

その封印を70年以上の時を経て今開示できるようになったということは、

ひとつには、ナポレオン・ヒル財団が揺るぎのない評価を確立したことを意味する。と同時に、

『悪魔を出し抜け』の影響力が、著述当時より格段に小さくなってきたことを意味しています



一般的に現在では「神」や「悪魔」の存在の是非は、「個人の自由」に含まれる事柄であって、

「社会的道義」などというレベルで扱われるような事柄ではない!という”暗黙の了解”が

はたらいているということでしょう。つまり、「神」や「悪魔」を信じる人々の思想的影響力

小さくなっていることを裏付けたことにもなります



その一方で、科学的進化は「ナイト・サイエンス」によって支えられているという

事実があることを重ねれば、現在の科学界において”神秘性”や””は伏字で実在し、

それによる成果だけが「科学」として吸い上げられているということであるでしょう。



この「伏字の実在」を『悪魔を出し抜け』の悪魔は”(悪魔に対する)対抗勢力(神)”と

呼んでいました。



コラム『悪魔を出し抜け』にふれましたが、ヒル氏の”思考管理”のもとで

悪魔の思考が言語化されている中にも、実に巧妙といえる”すり替え”が

繰り返されていることが、現在の視点からは気付くことが出来ます。



その”すり替えの呪文”と考えられる言葉のひとつが、

       科学的に 思考する  

という言葉です。 ”流されない”ために悪魔が推奨している方法ですが、70年以上前の

著作時はまだまだキリスト教会の社会的影響が大きかった頃のことですから、

科学的に思考する=神の存在否定 の推奨でもあった可能性があります。


といっても、悪魔は”キリスト教会”と”学校”が悪魔の協力者であると言い切っていましたね。



70年前のアメリカで、キリスト教会と学校を敵にまわすことがどれほどのことか・・と

思わずにはいられませんが、今現在の日本に言い換えれば”マスコミ”と”中国”を敵に

まわすような著作が『悪魔を出し抜け』だった
ということになるでしょう。                                        




明日も「科学の神2」を考えていく予定です。

コラム:科学の神2  〜「隙間の神」〜

  • 2014.02.10 Monday
  • 01:58
 
ソチ五輪も始まりましたが、日本では最も寒いこの時期に受験生たちが

今までの精進の成果を最大限にいかそうと、真剣な取り組みをしています。




五輪選手にしても、受験生にしても、

当然ながら、本人も、そしてその成功を願う家族や恋人などは、

なにかしらの助力を願って「神」に成功を祈っています。




もし本当のところを語れるならば、世の中に”成功”という体験をされた方であれば、

努力の限界の先を求める人であるほど「人事を尽くして、天命を待つ」の気持ちと、

やはり「祈り」を捧げずにはいられない経験をしているに違いありません。



なにかを成し遂げんとするする人は、自分の努力が届くような経験においては、

たしかに情熱といえる”自助努力”を惜しみませんが、

それが一端自分の手の届かない、”自助”しようにも手の届かない状況に置かれた時、

天然自然に”祈り”をささげるものだと信じています。




例えば、宇宙科学にしても、生命科学にしても、

最終的には”祈り”の境地に到達できたものが、本物になっていると言っても

過言ではないと思います。




例えば、アポロ計画だろうと、隼(はやぶさ)だろうと・・・

宇宙という”手の届かないところ”にある存在に、唯一届けることができる、

あるいは繋がりを結び続けることが出来る方法は、最後は必ず”祈り”です。



形として祈ろうとしない人はいても、思いにおいて祈らない人はいない・・・と信じています。

もしかしたら、”祈り”は人間としての”本能”かもしれません


その”祈り”を込める先が「無」であると、”祈り”を込めている人は全く思いもしないでしょう。

”祈り”が真摯であればあるほど、”祈り”の先には見えなくても、確かな存在」が

信じられているはずです。



科学であっても、結局は「人」が思考する”フィールド”であるのです。

その”フィールド”を支えている存在は、人間ではないはずです。

だから、素直に「神」と思うことにためらいは必要ないのではないでしょうか?





昨日も触れましたが、現代で言う「科学」は主として19世紀、ダーウィンたちによって確立された

「自然科学」を祖(おや)として発展してきたために、「自然科学」の世界観が

そのまま「科学」の世界観として常識化しているのだと書きました。

けれども、この「自然科学の世界観」は19世紀当時の西洋社会に生きていた人々の

鬱積した様々な感情を飲み込んで形成された世界観だということを忘れてしまうと、

”流されて”しまいます。


純粋に科学のために出来上がった世界観ではないのです。



いまさら「語ることを許されるなら・・・」などと前置きをおくことも必要ないでしょうが、

純粋に科学のために科学を考える」ことが出来る環境なら、19世紀当時より

現代の方がず〜〜っと優れていると思います。


たとえ、実験科学であったとしても、最終的な段階ではやはり”天命”を待ち、

そして個々の思いの中で”祈る”のだということを知らない科学者はいないでしょう?




結局、科学の中で”神”という言葉を封印した裏には、

人間知における宗教的限界、例えばキリスト教会が科学を不自由にさせてきた歴史が

長かった・・・ということの具体的対応策なのであって、

だからといって”神”そのものが存在していないと、過去の科学のなにものも証明は

していないのです。



今の科学的常識では、神の領域は「隙間の神」といわれていて、

その意味は<科学によって人間が事実を解明していくことで、神の居場所はなくなっていく>

という いとも単純な発想ですが、

それを”事実”とするためには「人間は、全てを知り尽くしている」あるいは

「人間には未知がなくなる」という前提を肯定しない限り、ありえないはずです。



もしこの前提が肯定されるなら、それは即「人間=神」ということになりますから、

それなら宇宙も、世界も、生命も、当然人間が人間になる前に人間が世界を創らなければ

ならない・・・と、私などは考えます。



私には、この考えを受け入れることは無理なので、

私にとっての「隙間の神」という意味は、<人間が現時点で認識できる範囲が

限定されているために、人間によって解明されたことが神の存在を隙間に追いやったように

見えている状態>という解釈
になりました。



ふと、仏の掌を飛行した孫悟空が目の前に見えてきます・・・。



そして、本来の素晴らしい科学者であるならば、

人間が知ろうとして、知りえた!と思ったところから、また次なる未知が見えてくる!という

興奮に立ち会うに違いありません。

だからこそ、そうした多くの科学者達は”神”の存在を否定することなど出来ないのでしょう。



おそらく私の直感的な感想ですが、理論物理学や虚数の数式の世界は

”神の存在”を数字として語っているのではないか?と考えています。



残念なことに、言語が理解できないので、それらが翻訳される日を楽しみにしています。




コラム: 飛躍的!発想の転換 〜DVD『奇跡のリンゴ』 1 

  • 2014.02.14 Friday
  • 12:45
 
前回2度にわたって触れた「科学の神」や「隙間の神」に重なる思いで、

DVD『奇跡のリンゴ』を鑑賞しました。


まずは、この映画が実話にそった物語であったことを思い、

わが身にあてて感動と反省。そして、俳優陣の優れた演技に感動!でした。

主人公・秋則(安部サダオさん)
妻・美栄子(菅野美穂さん)
美恵子の父・征治(山崎勉さん)

農薬によってリンゴ農家の人体が蝕まれていた・・・・

その1人が妻・美栄子であったことが、主人公に”無農薬栽培”を決意させるのですが、

主人公は”リンゴ栽培のエジソン”的存在でした。



印象に残る映像は・・・・

父・征治がただひとり”リンゴの虫取り”をしていた横顔。

妻・美栄子の”日記”を読む目と、だんだんに小さく書かれていくチラシの日記。
  そして、病院の廊下に響いていた美栄子の嗚咽・・・(あの声は凄い)

主人公・秋則が口いっぱいの”土の味わい”に感動している姿。

そしてリンゴ達の、どうやって撮影したのか?と思わずにいられない”盛衰”


きっと、沢山の素晴らしい感想がネット上に溢れているでしょう・・・。




映画の中のアナウンスでは、もともとのリンゴの実は甘みがなく、

1000年以上も人の手によって改良を加えられ、守られて栽培されたリンゴの木は、

無農薬な”自然栽培”に戻すことは不可能である

という「結論」から始まりました。



福山ガリレオも「できない・・?!」に強く触発されますが、

生来の科学者気質の主人公・秋則も「どうしたら、できるか?」

命をかけていくことになりました・・。で、11年目に自然農法に成功するわけですが、

ナポレオン・ヒル氏のいわれるとおり「成功者の最大の共通項」は

失敗から学び」そして「成功するまでやり続ける



理想に向う粘り強い努力 と 地道な検証作業・・・・あきらめない根性・・そして資金力

ある意味で、生来の科学者は”金食い虫”あるいは”発展的浪費家”でしょう。

全財産を食いつぶして・・・初めて未知への突破口にたつ。そこから

主人公・秋則のように、結果(成功)にたどりつく”使命感”と”葛藤”が

生まれるのかもしれません。



けれども、それらもまた「成功」の扉をあける”本当の鍵”を手に入れるための

必要条件であり、”本当の鍵”は「飛躍的!発想の転換」そのものだったと

主人公は証言しているかのようでした。


ここでいう「発想の転換」は発展的段階がありました。

ひとつが、妻・美栄子の現状に対する「問題解決」のために選択した

「有機農法」という動機における初段階の「発想の転換」がありました。

つまり、化学薬品の農薬散布をしなければリンゴは育たない!という

”リンゴ農家の常識”に対する「発想の転換」でした。




そこから、その検証作業といえる様々な「代替農薬」の検証実践に没入して、

10年にわたる検証実践の度重なる失敗による経済的貧窮の果てに・・・

いよいよ「飛躍的!発想の転換」が待ち受けていたわけです。



けれども、物語が語る「飛躍的」の本当の意味は、

主人公・秋則が踏襲していた”リンゴ栽培”そのものの”常識”の中に

根源的失敗要因が潜んでいたことを突き止めた!
ところにありました。



ちょっと脱線しますが・・・・・・・・・・・・

現代版の『青い鳥』や『オズの魔法使い』です。

これらのストーリーの共通は、どこか遠いところではなく

「幸せは、日常の自分のすぐそばにある」
と伝え続けています。

これも、主人公たちにとっての「飛躍的・発想の転換」といえました。



ところで、この”日常”は日常であって日常ではない!”日常”だと考えられます。

つまりそれは「捜し求める」旅の終わりに出会う”日常”であるのです。



パラレル・ワールドのように、”努力の前の自分”と”努力の後の自分”は

必ずしも同じ世界に存在しているか・・・・は誰も分からないはずです

もし、主人公・秋則が中途挫折していたら・・・・彼を取り巻く全ての世界が

映画のストーリーとは全く異なっているはずです。

もし、もっと生半可な段階で自殺を選んだら・・・・自殺は成功していたかもしれません。



私たちが存在する3次元空間は、ひとつである!といいきれるかどうか?立証されていません。

それより、3次元空間さえも複数同時存在している世界観

まもなく常識になる可能性も大きくあります。


ある意味で”科学”とは、このパラレル・ワールドに挑戦する方法であるのかもしれません。




話をもとに戻します。


映画では”無農薬”とは「科学農薬を使わないこと」ではなく、

本来の生命力を復活させる」ことだった!わけです。



結局、「飛躍的・発想の転換」とは「自分のうちに潜む常識を変える」ことだったのだと、

今、確信しています。






明日は引き続き、 DVD『奇跡のリンゴ』 〜”地力”という営み〜

ここでは作品中の”もうひとつの主役”であった”リンゴの木”と”地力”に

フォーカスしてみます。




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Wornitz

〜ピタゴラスの手 HPより〜 Wornitz(ワーニッツ)を例えて言えば、泥水の入った容器をシェイクするようなものです。暫くするとシェイクされる前と同じように、その中身の比重に合わせて沈殿していきますが、しかし,どこをとっても「以前と同じではない」という状態、すなわち「秩序が変えられた状態」になっています。 泥水と違って私達の身体はもともと「より良くなろう」という性質が備わっており、Wornitz(ワーニッツ)によりシェイクされた後も無秩序に再構成されることはありません。常にベストな状態(秩序)を探りながら構成されていきます。そこに私達人間の素晴らしさを見ることができます。 その性質を最大限に活用させていただくことが、その時々の「最適な秩序」を構成する上でとても大切なことだと言えます。

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