もうひとつの進化論 1 〜ダーウィン と ウォレス〜

  • 2013.10.22 Tuesday
  • 00:34
 
今の常識で「進化論」といえば「ダーウィンの進化論」です。

ただ、わざわざ「ダーウィンの」というように、現在ではother=別な進化論が

専門的に論じられています。



そのなかで、”another=もうひとつの進化論”は特別な存在だと思っています。

この”もうひとつの進化論”とよぶのが「ウォレスの進化論」です。



このふたつの進化論は、1800年代・ヴィクトリア朝の英国で、ほぼ同時に、

裕福で年長のダーウィン」と「貧しく年下のウォレス」という ふたりの自然科学者が

同じ発想からスタートし、お互いを刺激しあい、助け合って、それぞれに完成させ、

まったく正反対の結論に行き着いたという事実と、

その事実が現在では全く語られることがないという事実が、私を惹きつけます。



研究家の中には、人のよいウォレスがダーウィンやその取り巻きによって”消された”と

表現する人もいます。

私は、ウォレスは”時代に消された”と理解しています。


1800年代は、”ある意味”でとても大きな分岐点でした。



もし「ウォレスの進化論」が、1800年代のその時”常識化”されていれば・・・

パラレル・ワールドは、その答えを知っているでしょうか?



もうひとつの進化論 2   〜ウォレス 存在の消去方法〜

  • 2013.10.23 Wednesday
  • 23:19
 
”もうひとつの進化論”を結論つけた アルフレッド・ウォレスに触れる前に、

”ウォレスを消した”1800年代の大英帝国を中心とした時代背景を 簡単に。


      1800年代初頭〜中期。 
       産業革命によって経済大国となり、世界に植民地を有する大英帝国の最盛期です。
      1800年代後期。
       全盛を極めた大英帝国にかわり、アメリカやドイツが若い頭角をあらわしてくる。


一般的な経済面での歴史的情報では、”ウォレスを消した”時代背景は直接見えません。




「歴史」という情報を見るとき、私たちが心に留めておくべきことは

多くの”マイノリティー・リポート”は消されていく・・・可能性を含んでいることです。

この”マイノリティー・リポート”として扱われるもののほとんどは、

その情報を発信する側にとっての”瑣末事”か、あるいは”重大事”のどちらかです。



けれども、その消去された情報や存在が 歴史のなかで本当に”瑣末事”であったのか、

それとも本当は”重大事”であったのかは、さらに時の流れを待たなければ判断は難しい!

それが、問題です。


歴史上から記録や記憶という”存在を消去する方法”には いくつもありますが、例えば・・・

1)過激な方法なら、情報を持っている人間を殺害(粛清)する!
・・・独裁政治などでは頻繁です。

2)もうちょっとヤンワリと、公用文字を一変させて書物等を解読できないようにする!
・・・ワンゼネレーションで、過去の情報を入手できなくなります。

3)一番てっとり早い方法なら、皆で無視する。つまり、嘲笑をもって社会的に相手にしない!
・・・公然と無視すれば、それに類したり同情したりすれば ”自分”まで社会から阻害される恐怖心を持たせることで、広がらない。だから、記憶に残らない。



アルフレッド・ウォレスの進化論
は、3)の方法で時代から消去されました。




では、なぜ無視されたか?といえば、ウォレスが人間に関する進化論を「心霊主義」の

観点から考察し、結論したからです。

心霊主義=スピリチュアリズム、つまり「あの世」や「霊魂」を実在と認め、

人間は肉体であると同時に霊魂である
・・という観点から科学した のです。




21世紀の私たちにとって、1800年代の歴史のなかで本当に大切な情報は、

1848年に書籍『共産主義者宣言』(ドイツ語)が、マルクスとエンゲルスによって

書かれた後に、イギリスの社交界で華やかだった自然科学という新しい学問分野で、

1859年チャールズ・ダーウィンが仮説として書籍『種の起源』を発表したことです。

この2つの共通は「心霊という存在の消去」つまり「唯物主義」です。



これに呼応するように、1848年アメリカのフォックス姉妹によるハイズビル事件という心霊現象を

キッカケとして、当時ビクトリア朝とよばれたイギリスを中心として19世紀後半まで、

科学として数多くの心霊研究が行われました。

1864年にウォレスは書籍『人種の起源と自然選択の理論から導かれる人間の古さ』を発表し、

ダーウィンに先駆けて進化理論を人類に適用したのですが、その内容の決定的なところは、

人間の進化を考えるとき、人間の精神性の高さ・豊かさなど、
他の動物と別の進化をもっている
この違いはいったいなんだろう・・?

その探求のために、ウォレスは心霊研究家となります。

この2つの共通は「心霊という存在の復元」つまり「心霊主義」です。



1848年という同じ年に始まって、心霊という存在の「消去」と「復元」のベクトルは、

同等に強い勢いをもって広がりました。

けれども、「進化論」において1859年と1864年という”たった5年”の隔たりは、

ダーウィンの「唯物主義」を讃え、ウォレスの「心霊主義」をさげすむ時代性を育むには

十分な時間を与えていました。そして、ウォレスと心霊主義は歴史からほぼ消去されました。



それ以降、20世紀の常識は「月」のように常に「唯物主義」という片面だけを見せるようになりました。

「月の裏側」があることは誰でも知っているのに、「月の裏側の実体」を知りたいと望む人はマレです。

そして、21世紀の今も。未だ「月の裏側を見た!」とは誰も公表していません。

けれど、それが”ない”という実証ではないことに、少しずつ気付く人々が増えているようです。






もうひとつの進化論3  〜月の裏側 マイノリティー・リポート〜

  • 2013.10.24 Thursday
  • 23:32
昨日は、1800年代にウォレスと心霊主義は歴史からほぼ消去されたと書きましたが、

ウォレスが人生晩年の30年を費やした心霊研究のレポートは、今も英国に現存しているはずです。

もし21世紀の現在に、その研究成果の全てが日本語に翻訳されたとしたなら、

日本の多くの知識人にとって未知への興奮と可能性を与えるに違いないと思っています。


「なぜ、1800年代はウォレスを無視したのか?」を考える前に・・・

今日は、昨日(23日の記事)話の流れで出てきた「月の裏側」について少し。



話の発端は、私が中学1年生の夏1969年7月20日、アポロ11号の月面着陸

成功したところからです。

丁度、中1の臨海学校の宿泊先で消灯時間を延長して見ていた”アームストロング船長の

歴史的一歩”の中継中に、すでに情報の”消去”は始まっていました。

月面のアームストロング船長とNASAとの交信中に、本来あるべき会話が消去されていました。

その後折々に耳にしたのは、部分的ですが「地上で収録した映像が、中継画像として使われた」

といったNASA映像の”差し替え疑惑”でしたが、一般の社会人は誰も取り合わず、

いつの間にか世間から消えました。


何故、交信中やその後の発表に”消去”や”差し替え”が必要だったのか?といえば、

月面上に”あるはずのない”あるいは”映っては困る”存在があったからで、

それが宇宙人やUFOだと報告されていますが、社会からは隠蔽されました。



その後、『メン・イン・ブラック』や『未知との遭遇』、『スターウォーズ』などのSFをとおして

徐々にNASA情報は世間に洩れ広がり、

それが、2010年頃から急にハリウッド映画に姿を変えて続々と情報公開されてきました。


ハリウッドの映画業界というのは、ある種の「NASA情報の報道機関」として

利用されている感があります。   もしかしたら、情報には価格がついているのでは?

そして、いよいよ『ダークサイド・ムーン』。映画storyとして”隠していた月の裏側情報”が

僅かですがお披露目OKされたようです。




昨日23日記事に、<”マイノリティー・リポート”として扱われるもののほとんどは、

その情報を発信する側にとっての”瑣末事”か、あるいは”重大事”のどちらかです。>

と書きましたが、「月の裏側」情報も「心霊研究」情報も、本来は”重大事”として扱われてよい

情報です。

なぜなら、海外でもこれらの情報に関与する機関は「国家機密」に属しているために、

普段は一般から”消去”されている情報だからです。


実際、「月の裏側」の”極秘映像”には巨大な建造物が写されていますし、

あきらかに宇宙人と認識される存在も複数種が報告されています。


何故、日本の宇宙技術がアメリカに比べはるかに遅れているか?といえば、

アメリカやロシアの核開発や宇宙開発の裏には、すでに宇宙人との交渉をもって

科学技術革新の覇を競っていますが、日本は未だに国家として宇宙人との交渉を

もっていないからです。

「国家として宇宙人との交渉がもてない国」とは、世界レベルでは国家として劣ります。

近年では、中国でも宇宙人との国家レベル交渉が報告されています。



人格、道徳、能力に優れた民族としての日本人
が、唯一「国家」として”劣等”とみられる

主原因は、日本の多くの人々が「唯物主義」を常識として疑問をもたないまま

”目に見えない存在”や”追体験の難しい存在”を”荒唐無稽”と無視しているからです。

これでは、19世紀の英国民と同じ過ちをおかす可能性があるのです。



1800年代つまり19世紀に、もしウォレスの「もうひとつの進化論」が勝利していれば、

20世紀の宇宙科学は格段の発展をとげ、21世紀はすでに宇宙開発の時代が始まって

いたでしょう。

そして、2003年4月7日は間違いなく鉄腕アトムの誕生日だったに違いありません。



19世紀「唯物主義」の台頭は、それほど科学本来の発展速度を遅らせたと考えています。


もうひとつの進化論 4 〜次元: 心霊主義 と 宇宙時代〜

  • 2013.10.25 Friday
  • 21:10

新たな身体論を創造するために立ち上げたブログに、心霊宇宙人が登場するのは

方向性が違うのではないか・・・?と考える方もおられるでしょう。


”ダーウィンの進化論”を基盤としている今の医学では当然未知数ですが、

新しい身体論を創造
するためには3次元より高い「次元」の問題を扱わなければなりません。

この「次元」という観点から、心霊宇宙人やUFOは”同根”の問題になります。


19世紀のウォレスの時代の心霊研究では、心霊と呼ばれた目に見えず、触れることもできない

実在たちの語る真理が主な研究対象ですが、内容的には大きく<宗教的・哲学的な面>と、

<3次元より高次元の科学的な面>の2つがあります。



1969年のアポロ11号を初めとして、有人の宇宙移動が太陽系内1〜2年の往復で

済むようなレベルであれば、宇宙科学も3次元の認識で可能でしょうが、

光速で1000年、10000年といった単位の移動距離を必要とすれば

「ワープ」つまり「次元移動」の技術が必要です。


宇宙船には、当然人類が乗り組むのですから、宇宙船という物体だけではなく、

人も存在として「次元移動」するのです。



・・・ということは、3次元存在としての人が、一端3次元的には崩壊して”次元通過”し、

目的地で3次元表現に復元できなければ「ワープ」は不可能です。

ですから、21世紀以降の新しい身体論は、この宇宙科学の方向性を共有するでしょう



科学にとっての100年は、日常生活の変化の何十倍、何百倍の速度を持つことが出来ますから、

もし19世紀の時点で”ウォレスの進化論”が正等に評価を受け、科学として順調に発展して

いたとすれば、21世紀初頭の現在の科学力はどれほどでしょうか・・・?



 24日記事の「月の裏側情報」最後に書いたように・・・

    <1800年代つまり19世紀に、もしウォレスの「もうひとつの進化論」が勝利していれば、

    20世紀の宇宙科学は格段の発展をとげ、21世紀はすでに宇宙開発の時代が始まって

    いたでしょう。

    そして、2003年4月7日は間違いなく鉄腕アトムの誕生日だったに違いありません。>



そして何よりも、心霊主義を基盤にもった科学は、必ず地球的な”愛”に根ざした科学

なるはずです。心から、そう信じています。


もうひとつの進化論 5 〜ウォレスを消した 19世紀〜

  • 2013.10.26 Saturday
  • 01:34
 

「何故 ダーウィンの進化論が常識になったのか」を考えるために、ずいぶんと回り道を

しています。それは、世の中の出来事が3次元空間の視点だけで成り立っていないからです。

全ての関係性の中で、その一点が”その時、そのようである”のです。



PCゲーム的な表現で述べてしまえば、19世紀は「光VS闇の3次元世界争奪戦」でした。

勿論、ダーウィンは闇サイドのウォーリア、ウォレスは光サイドのウォーリアでしょう。

このふたりの一騎打ちであれば、探究心・情熱・行動力・収集資料・研究論文の質と量・・・

そのどれをとってもウォレスはダーウィンより はるかに勝っているのです。


けれども、闇サイドは19世紀英国民の欲望を増幅させて、健全なウォレスを社会的に

孤立させることで、「進化論」における光サイドを一時的に封じ込め、

ダーウィンの進化論に圧倒的な勝利を導きました。

残念ですが、その闇サイドの手法は、21世紀現在も健在のようです。



23日の記事に戻ります。

<”ウォレスを消した”1800年代の大英帝国を中心とした時代背景を 簡単に。

      1800年代初頭〜中期。 
       産業革命によって経済大国となり、世界に植民地を有する大英帝国の最盛期です。
      1800年代後期。
       全盛を極めた大英帝国にかわり、アメリカやドイツが若い頭角をあらわしてくる。>



心霊主義の熱烈な伝道師だった作家コナン・ドイルにならって、推理小説のように

『種の起源』が常識になると”得をする”人々を考えていきます。

主に以下4つが、ダーウィンを讃え、ウォレスをさげすむ時代性を生んだ犯人達だといえるでしょう。


         1)大英帝国の覇権主義
         2)自然科学者 
         3)心理学者 
         4)キリスト教会




1)大英帝国の覇権主義

  ヴィクトリア女王はけしてダーウィンに賛同なさらなかったでしょう。

  けれど、大英帝国の覇権主義全盛の時代背景の中で、ダーウィンの進化論は歓迎されました。

  「優れたものが、劣るものを支配する」覇権主義の言い訳に好都合だったからです。



  なぜなら、それまで教会から「神に創られた」とされていた人間が、

  「サルから進化」したといえれば、

  進化上、白人は有色人種(特に先住民族)のはるか上に位置することが出来るのです。

  何故なら、『旧約聖書』では「神は、動物の上に人間をおいた」と教えているからです。
  
  これで、キリスト教の「隣人愛の教義」に反する”罪悪感”が薄くなります。

  何故なら、白人を進化の完成した人間とするなら、

  有色人種や先住民族は未完成で動物的な存在といえるからです。

    (・・・この手法は、20世紀 ヒトラーによってユダヤ人の廃絶思想へと発展します。)

      
  そしてまもなく、あっという間に!アジアとアフリカの多くが、白人社会の植民地となりました。

   
    
  全ての動物を ひとつの進化の上に置こうとするダーウィン式進化論の”ひずみ”が、

  覇権主義の拡張欲と結びつきました。





ちなみに、日本が第2次世界大戦に参戦したのは、大東亜共栄圏の理想のためです。

19世紀から続いていた白人の覇権主義によって植民地となっていたアジア諸国を独立させ、

日本も含めた「大:大きな、東亜:アジアの諸国が 共栄:共に繁栄する、圏:つながり」を

築くためでした。そして、日本は物理的に戦争に敗れ、けれど理想を成就しました。 

イタリア、ドイツ、アメリカが、出遅れた植民地獲得のために参戦したのとは、根本が違うのです。

もし日本が立ち上がらなければ・・・おそらく、次は日本が植民地のターゲットだったはずです。


本当に、靖国神社へは「国民の代表=首相」が慰霊の参拝に参るべきです。


もうひとつの進化論 6  〜19世紀の都合で選ばれた ダーウィンの進化論〜

  • 2013.10.27 Sunday
  • 02:27

19世紀に”ダーウィンを讃え、ウォレスをさげすむ時代性を生んだ原因”を探すために、

『種の起源』が常識になると”得をする”人々を考えていますが、結論からいえば

キリスト教会の抑圧から開放されたかった人々」がダーウィン式進化論の熱烈な支持者でした。



2)自然科学者 
3)心理学者
 

大英帝国の経済的発展は、市民階級の人々の学問志向をおおいに盛り立てました。

けれども、ダーウィンの『種の起源』が発表されるまで、学問は「キリスト教会」の教えの制約から

外れることは不可能で、彼らにとって、この教会からの制約がなにより窮屈でした。

かといって、自分達で教会に対抗できるだけの言い訳を見つけることはできません。

そこへ、ダーウィンが絶好の言い訳に使える進化論を出版してくれたのです。

彼らは、この機会を最大限に有効利用しました



ダーウィンの伝記風に表現すれば、「『種の起源』出版の前夜まで、この進化の仮説が

受け入れられるかどうか・・・不安がつのっていたダーウィン」でしたが、

一夜明ければ、人々は熱狂し、新聞は賞賛の辞を書きたてた!そうです。



瞬く間に、ダーウィンの進化論は科学界の常識となり、それから5年後、ウォレスの進化論が

出版された頃には、心霊主義に開かれる扉は科学界にはひとつもありませんでした。


ですから現代の科学は、その出発点でダーウィン式進化論というひとつの仮説だけを

都合上選択しましたが、本来科学で言う”検証のもとに選択された”ものではないのです。



自然科学や心理学などの19世紀に生まれた科学は、こうしてダーウィン式進化論を

思考の出発点としました。

それ以降の”科学”も150年間「ダーウィンの進化論=常識」として学問を展開したことで、

21世紀の今、あらゆる分野にひろがった科学は「唯物主義」であることを常識にしています



それが、科学を行き場のない閉ざされた世界に追い詰めている原因だと気付いてください。



ちなみに、ウォレスはその後30年にわたって「人間の進化」の科学的検証のために

心霊研究を続け、
多くの研究成果を発表し、後世に残してくれました。

今は未だ、彼の研究成果の全貌を知ることは出来ませんが、きっとそろそろ・・・・

科学する人々のなかに、本来の探究心と情熱から、ウォレスにたどり着く人たちが

あらわれるでしょう。


ダーウィンの進化論は、”虚(うろ)の入った老いた松の木”のように倒れる時が近づいています。


もうひとつの進化論 7 〜キリスト教会の損得勘定〜

  • 2013.10.28 Monday
  • 02:57

19世紀半ばにダーウィンが『種の起源』を発表し、「キリスト教会の抑圧から開放されたかった

人々
」が熱烈な支持者となって、瞬く間にダーウィンの進化論が科学の常識になった・・

と、昨日お話しました。
 
当然、ダーウィン式進化論が科学という学問の常識になったことで、キリスト教教会は

それまでの権威を失っていきました。

次々と発表される”目に見える事実”に関して、キリスト教会の説明は、当時の人々を

納得させることができなかったからです。



では、キリスト教会はウォレスの仲間だったか?といえば、NOです。

結論をいえば、キリスト教会は”心霊の存在”そのものを”敵視”していた感があります。

なぜ”敵視”と考えるか?といえば、イエス昇天後のキリスト教会が実際に行ってきた歴史が

”心霊現象排除”の歴史でもあるからです。



そもそも、1846年にアメリカで起きたハイズビル事件を発端にイギリスでブレイクした

心霊現象」や「心霊主義運動」そのものは「キリスト教復活」のために興ったものです。




心霊現象”という表現は今風ですが、イエス当時であればイエス自身が”預言者”と

よばれる”高度の霊媒(心霊能力者)”でもありました。

旧約聖書にも多くの預言者がでてきますが、昔の人々は”信じる”という実力があったようです。

新約聖書では、イエスに神の存在を問う人々に対して、

「神を見たければ、私(イエス)を見なさい。私の語る言葉は、神の語る言葉です。」と

語っていたはずです。他にも、イエスは心霊現象のひとつといえる”物質化現象”を

折々にしていた様子もうかがえます。



ところが、イエス昇天後に整っていった教会勢力の統治者には、残念ですが”預言者”に

なれる人材は現れませんでした。そのため、イエスの起した”奇跡”自体も疑わしい・・・、

いっそ「イエス以降に起きる心霊現象は、全部”悪魔のなせる業”」ということで落ち着かせようと

しています。


勿論、カトリック教会には”エクソシスム(悪魔祓い)”があるように、実際”悪魔”の

存在を認めていますが、逆に”天使”に相当する”高級心霊”がおこなう”心霊現象”に

関しては、極度に警戒心をもって、なかなか認めることはありません。


結果、19世紀以前のキリスト教圏では多くの”心霊能力者”が、キリスト教信者や聖職者で

あっても、悪魔や魔女として悲惨な扱いを受けていた「暗黒の時代」もありました。




19世紀に盛んになった産業革命をキッカケとした”職業の選択の自由”は、

人々に「思考の自由」を与え、同時に「発言の自由」も与えることになりました。

この「自由」が結果として教会の権威を弱めたおかげで、”心霊”への興味関心も

自由に持つことができるようになった・・・という皮肉です。


具体的には、教会に日曜礼拝に行きながら、夜には心霊現象のサークルに参加することが

可能になったのです。

それは今も変わらないことでしょうが、当時の人々が心霊に惹かれたのは

単なる見世物としてではありません。愛する人々の死などをキッカケとして、「死後の世界」や

人間本来の存在」への関心を消すことができないからです




1846年に始まった心霊現象が19世紀末まで多種多様に起こっていた間、

キリスト教会は心霊現象を肯定することはありませんでした。


なぜなら、教会にとって”天使(心霊)の声”は、教会できかなければならない!ことだからです。

けれども教会には、”天使(心霊)の声”をきける者も、”天使(心霊)の声”を語れる者も

いなかったのです。この事実を認めることは、キリスト教会にとって”プライドの損失”です。




当然、人間に関する”ウォレスの進化論”を擁護することなど、一切ありませんでした。



それは、ウォレスの研究成果を判断した結果ではなく、”心霊”も”ウォレスの進化論”も、

教会にとって初めから”あってはならないもの”だったからです。



キリスト教会の損得勘定は、ウォレスの進化論を世間から消滅させることに手を貸した

だけではなく、結局”神”の存在を危うくする「唯物思想」を野放しにしたといえます。






アルフレッド・ウォレス

  • 2016.09.02 Friday
  • 22:31

現在でも生物学の教科書などに“ウォレス線(生物地理学)”として

名が知られているアルフレッド・ウォレスは、ダーウィンとは対照的に

1800年代英国の貧しい階級出身の青年でした。

 

そして、生来の探究心をもって“虫屋”として東南アジア一帯に活動拠点を広げます。

 

当時の英国では自然科学が流行して、ダーウィンのような上流階級の紳士たちが

こぞって自然科学に熱い興味を持っていたので“珍しい生き物の標本”が高値で取引されたのです。

 

ただ、ウォレスは“虫屋”にとどまることなく、ダーウィンに先駆けて「自然淘汰による進化説」という

独自の探求成果を学術レベルの論文として完成させ、

当時自然科学会の大先輩であり尊敬するダーウィンに宛てその論文を送っています。

(1858年7月1日のロンドンリンネ学会にて発表)

 

一方のダーウィンは、ビーグル号の航海に同行した時の印象や採集品への研究成果を、

レポートや書簡形式でしか自説を構築することができていなかったのですから、

自分より階級が低く才能あふれる青年の膨大で緻密な研究成果の存在は、本当に脅威であったようです。


ウォレスに対するダーウィンの「焦り」という心理的葛藤は充分想像できます。


このことがキッカケとなってダーウィンは先急ぐように『種の起源』を発表し、

時代の流行はダーウィニズムに流れ込みました。

 

その後ウォレスが独自の「進化論」を発表した時、ダーウィンは安堵したはずです。

 

なぜなら、ウォレスがスピリチュアリズムの研究成果を基にした人間の進化論は、

ダーウィニズムが流行していた英国自然科学会からも一般社会からも全く受け入れられず、

科学界からの追放に近い処遇を与えられたからです。

ウォレスによって消されるかもしれなかったダーウィンが、ウォレスを消し去ったのです。


「進化論」発表後のダーウィンは、自宅の小さな研究室にひきこもり、

ひたすらにフジツボの進化を研究した様子が娘から語られています。

 

一方、自ら論じた自然淘汰説をこえて「“目に見えない宇宙の意志”」が

地球生命の進化を計ったとする自説の進化論が人々の嘲笑を受ける中でも、

ウォレスは90歳余の生涯を閉じるまでの30年以上もスピリチュアリズムにおける人間研究を続け、

死の直前まで多数の論文を発表し続けました。

それこそが、彼が信じた「人間の進化」への探究心と確信が消えることがなかったからだと信じます。


人がそびえ立つ山の全景を見るには、その山から遠く離れなければ見えないように、

時に人の偉業も時代を経る必要があるのかもしれません。

 

ダーウィンが自説を発表する前、ダーウィンもまた当時の宗教的常識のなかで

研究仲間に『自然淘汰説』が受け入れられるだろうか・・?と不安の時を過ごしたとききます。

それは、本当にある種の偉業と受け取られて当然の行為です。

けれども現時点から振りかえれば、ウォレスほどの研究者としての良識と情熱と確信が

ダーウィンにはなかった・・と推察しています。

 

ある意味で、そのときダーウィンに”味方するもの”の力が大きかったと思わざるをえません。

 

 

 

 

ダーウィン説に不足している「心」の進化

  • 2016.09.12 Monday
  • 18:00

ダーウィン説に不足している「心」の進化

 

185911月ダーウィンによる『種の起源』は、

少し先に興った共産主義思想と呼応するように

熱狂的な支持を得て、急速に社会的信用を確立します。

これが19世紀という社会性に選ばれた

ダーウィニズムという「流行」の始まりでした。

これによって、キリスト教の「神による創造」は

聖書の中の物語とされ、人間は動物と同質の生命体と

定義されるようになりました。

 

その僅か10年ほど後にウォレスは、純粋な科学者としての探究心から

スピリチュアリズムの研究家となり、

死を迎えるまでの30年以上をその研究に投じました。

それは、目に見えるものだけを追求していっても、人間存在のルーツに至る

本来の根源的な疑問「何故、人間だけが高邁な精神性をもっているのか?」には

たどり着くことが出来なかったからです。

 

結局、ダーウィンの進化論には「人間の精神性」や「人の心」という視点からの考察や研究が

全く欠けています。この、ダーウィニズム創始者ダーウィンにおいて

「人の心」を欠落してしまったことが、その後人間を肉体と同一視する

唯物的思想として人間への理解をゆがめているのです。

 

 

何故、人間だけが高邁な精神性をもっているのか?

喜びや悲しみの感情だけでなく、神や崇高なものへ向かう宗教的精神、

許しに至るような大いなる愛の精神、深い道徳的精神や高い科学的精神。

それらを表現するための音楽や絵画などの芸術的能力、数学など学問的な抽象的思考能力、

そして、人間同士のあいだに交わされるウィットやユーモア・・

それらは、動物の行動パターンから自然淘汰によって獲得できない。

 

これが、ダーウィンに先んじて自然淘汰説を説きながら説にとどまることなく、

世の中の潮流に逆行してでもウォレスがダーウィンより前進した原動力でした。

 

 

この思考のキッカケは、西洋人から見れば“原始的”と見える土着の種族たちが、

西洋人に劣らぬ精神性や哲学性をもって暮らしていることに接したためです。

・・・この実地の体験による比較観察は、幾度となく東南アジア諸島で調査・研究を繰り返すことの

   できたウォレスであるからこそ成しえた成果です。

   たった一度の調査旅行の直感的推測に従ったダーウィンとは、自然科学者としての

   緻密な研究態度が大きく異なっている点です。

 

 

さらに、当時ビクトリア朝の英国で盛んに実験研究されていた

スピリチュアリズムを研究対象として、

ウォレスは自分の死の直前まで30年間に及ぶ研究を重ね、

研究結果を多数の論文とレポートに発表し、

目に見えない世界の科学的信憑性を確信し、以下の結論に達したといわれます。

 

結局ウォレスは、「“目に見えない宇宙の意志”が人類史に少なくとも三回干渉した。

一度目は無機物から生命の誕生、二度目は動物への意識の導入、

三度目は人類の高い精神能力の発生。

これによって、地球上の生命体の進化と人類の誕生があった」という

スピリチュアリズムからの進化説を主張しました。

 

今21世紀の立場からウォレス説を受け入れたとき、長年解けなかった難解な図形問題に

一本の“補助線”を得たような感覚を覚えます。

 

おそらく、ダーウィン説によって閉じられてしまった「未知への可能性」が

開かれていくことは確かです。

 

 

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Wornitz

〜ピタゴラスの手 HPより〜 Wornitz(ワーニッツ)を例えて言えば、泥水の入った容器をシェイクするようなものです。暫くするとシェイクされる前と同じように、その中身の比重に合わせて沈殿していきますが、しかし,どこをとっても「以前と同じではない」という状態、すなわち「秩序が変えられた状態」になっています。 泥水と違って私達の身体はもともと「より良くなろう」という性質が備わっており、Wornitz(ワーニッツ)によりシェイクされた後も無秩序に再構成されることはありません。常にベストな状態(秩序)を探りながら構成されていきます。そこに私達人間の素晴らしさを見ることができます。 その性質を最大限に活用させていただくことが、その時々の「最適な秩序」を構成する上でとても大切なことだと言えます。

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